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幸せなのかも。
2010 / 04 / 01 ( Thu )
最近小さな子供が親の手で短い人生を終えてしまうニュースが後を絶ちませんね。
その度に、何でこの人は子供を生んだんだろうって思います。
育てられないなら里子に出すとか施設に預けるとか方法はあるのにって…

今日いつもお邪魔している ミリわんさん のブログを読んでいて自分の事を考えてみたの。

私の両親は物心付いた頃から仕事で忙しくしていて、家族4人(両親+弟+私)で食事した事をあまり覚えていません。
私、意外と小さいころの記憶も鮮明に覚えているのですが
(こんなところは次男と同じかな)
平日は忙しくて父の顔を見ることはありませんでしたが、休みの日はゴルフの打ちっぱなしに弟と二人を連れて行ってくれたり、
会社の社員旅行に連れて行ってくれたりしてくれました。
小さい頃(幼稚園くらい)お手伝いをしたくて、お米研ぎをする私に踏み台を作ってくれました。
しつけにはかなり厳しくて、マナーが悪かったりすると容赦なく鉄拳が飛んできました。
私は要領が悪かったのかな?弟はそんなに怒られた記憶がないと… 

始めての化粧品は父が『女の子はガサガサの肌をしていたらみっともないから』と中学校に入学した時に買ってくれました。
高校生の時は通勤と通学が同じ時間帯だったのでよく一緒に通いました。
バスの中では沢山の話をしました。
私はピアスをしていますが、それも父が『高校卒業したらピアスしたらかわいいよね』って言ったのがきっかけです。

父は私の事を厳しかったけどとてもかわいがってくれました。
あかちゃんの頃から飲み屋さんに連れて行かれて、ホステスさんに抱っこされていたそうです。
父の夢は娘と一緒にお酒を飲みに行くことだったそうで、20歳を過ぎてお酒が飲めるようになってからはよく二人で飲みに行きました。
父は私が22歳の時に亡くなったので、
弟は父と二人で飲みに行ったことはありません。
いまだに弟は姉貴ばっかり…と 
私にしてみれば、母は弟ばっかり…と思うけど 

そう言えば思い出話をする時に必ず出てくるエピソードがあります。
弟が好きなキャベツのサラダは蟹缶で作ってあったけど、私がそれを食べたいと言った時は蟹かまぼこだったね!って。
母はたまたまだって言うけど… 

母は厳しい父にかなり苦労したようですが私達子供にはそのそぶりも見せませんでした。
私が小さい頃の母の記憶はいつもミシンの音がしていました。
父の会社の仕事を内職していたり、人に頼まれて洋服を作ったりしていました。

父の転勤に伴って私が小学校5年生の時、九州に引越しをしましたが
小学校の制服を父のスーツを解いて一晩で作ってくれました。
九州では父の母と(私のおばあちゃん)同居することになってこれまた厳しいおばあちゃんでしたのでかなり苦労をしたようです。

その頃は私も中学、高校と思春期でしたがあまり両親に口出しされた覚えがありません。
やりたいと言った事はやらせてくれたように思います。
私も共働きの両親を見ていたので、高校の時はお弁当は自分で作って学校に行っていましたがそれを自然にしていたように思います。
三年間部活に明け暮れていた私は文句一つ言われた事もありません。
勉強しなさいと言われた記憶もないかな。
最低限やらなければいけない事をやっていて、
人様に迷惑をかけさえしなければ…

振り返ってみると確かに小さい頃はとても厳しい両親だったけど、
両親に愛されていたんだなと思います。
今、母が年を取ってきて自分が母の相談相手になったり、
病院に付き添ったりするようになって来ましたが、
今度は私が母を父の分も一緒に恩返しする番が来たんだなと… 
私の子供達にも私が両親に貰ったような愛情を注いで行きたいなと… 

そして、世の中に我が子を自分の手にかけるような事件が、
どうかなくなりますように祈らずにはいられません。
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テーマ:ひとりごとだよ。独り言。(-?ゝ-)ゞ - ジャンル:日記

01 : 20 : 25 | 独り言 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑
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コメント
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確かに!最近のニュースをみると、子供に虐待して、何とも思わない子供が亡くなっても反省もしない。そんなニュースをみると切なく思いますよね。
自分自身を振り返ってみると、いろんな思いはあるけど、愛情は注がれていたなぁ~と改めて思います。
自分の子供もそんな愛情を注げるような大人になって欲しい。
愛情の注ぎ方も、愛情を注がれた経験が無いと分からないのでしょうね。
大人になりきれてない大人が増えている様な気がします。
愛情を注がれなかったから、自分を見て欲しい、そして自信が無い、だからそのストレスを子供にぶつけてしまうのかもしれませんね。
この世の中から虐待がなくなることを祈ります。
by: junmama * 2010/04/01 12:39 * URL [ 編集] | page top↑
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ホント、最近毎日のように虐待のニュースが流れてるよね。。
そのニュースを見ると何とも言えずせつなく、胸が苦しくなります。

ウチの校区に児童福祉施設があって、
子どもの同級生にも施設の子がいます。
特別支援学級にも。
その子たちは笑顔がかわいくて、
つぅにも関わってくれる優しい子たちです。
でも、この子たちは愛情に飢えてる。。
つぅたち障がいのある子ともまた違う複雑な問題を抱えてるって。
いろいろ事情もあると思うけど、親が子に愛情を注いで育て、その子もまたその子に愛情を・・・
虐待、負の連鎖が断ち切られる事を願います。
by: たたみ * 2010/04/01 15:47 * URL [ 編集] | page top↑
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なんて健全な愛情の中にいたのでしょう!

たぶん今思えば母は自閉症の気があったのでしょうね。自分以外の人もモノも汚いと思うので、どこにも連れていってもらった記憶がないのです。自分も出かけられないから私も出て行っては困るということかな。よく私を産むことができたなって思います。かなり無理をしたのでしょう。そこは感謝です。

なんだかエンジェルキャッチさんのお父さんの嬉しい気持ちが伝わってきますよ。天国で喜んでいますね。

ダルちゃん~大丈夫みたいよ。彼のブログへ行ってみて~♪
by: ミリわん * 2010/04/01 21:46 * URL [ 編集] | page top↑
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振り返ると、楽しかった事も嬉しかった事も、悲しかった事も、親に関しては愛情があればこそ、と今だから理解できます。お父さんを早くに亡くされたのですね・・
生きていらしたら、きっと子供達を理解し、愛情を注がれたでしょうね。遠い空から次男君の卒業と入学を喜んでおられるでしょう。
我が子を虐待するニュースは悲しく、怒りを覚えますね。その子の将来を奪う権利など誰にもないのにね。
by: fightmama * 2010/04/01 22:32 * URL [ 編集] | page top↑
--junmama様--

虐待をして死に至るまで歯止めが利かないってきっと想像性がないんですね。
ここまでやったらどうなるのかとか、相手はどんな状態なのかとか…
痛いだろう、苦しいだろうって感じることが出来ないんですね。
裏を返せばかわいそうな人なのかもしれません。
許せないけど。
by: エンジェルキャッチ * 2010/04/02 00:14 * URL [ 編集] | page top↑
--たたみ様--

家の長男の同級生で、次男と中学校が同じ春からは高校も一緒で、バスケのサークルにも来ている子がね、やっぱり養護施設から来てる子で、始めは大人を信じていなかったの。
特に中学校の頃は思春期もあって荒れていて川そうだった。
ただ、甘えたいだけ甘え方を知らないだけなのよね。
長男の同級生と言うこともあって小学校の入学時から知ってるだけに放って置けなくて遭うたびに声をかけ、バスケの時には他のお母さんたちも気にかけて、最近は甘えてくれるようになりました。
本当はいい子達なんですよね。
親じゃなくても手を差し伸べることは出来ますね。
親の方が良いに決まってるけど、虐待されるくらいなら周りにいる大人で愛情をあげてもいいんじゃないのかな?って最近思います。
by: エンジェルキャッチ * 2010/04/02 00:22 * URL [ 編集] | page top↑
--ミリわん様--

確かに私は父に愛されていたと思います。
子供が大好きな父でした。
本当に厳しかったけどそれも愛情のうちと今は理解できます。
多分子供の時だって叩かれても怨まなかった、好きでいられたって事は子供心に愛情が伝わっていたんだと思います。
ミリわんさんのお母さんも本当はどうすればいいのか分からなかったから、ミリわんさんを縛り付けていたんでしょうね。
不安だったんですよ。
でも、以前の辛い思いがあるからこそ、今のミリわんさんが、家族を大切にして誰にでも優しいミリわんさんが存在するのだから、もしかしたらそれも良かった事なのかもしれませんよ!

ダルのブログ行って見て安心しました。
それにしても今年は勝てないね。(涙)
by: エンジェルキャッチ * 2010/04/02 00:30 * URL [ 編集] | page top↑
--fightmama様--

父は子供が大好きな人でした。
自分の子供であろうが人の子であろうが…
顔は優しい顔ではないのに子供にも好かれていました。
次男は会ったこともないおじいちゃんの事をいつもいつも話します。
かさ地蔵のお話を読んだ時、じぃじが濡れるから笠を作れと大騒ぎしたことがありました。(小学生のとき)
誕生日も父と一日違いの次男です。
きっと父が生きていたら、次男の事を理解し一番の応援者になってくれていたと思います。(多分主人より)
どんな子も生まれたときは同じ条件なのだから、幸せを感じるかどうかは親の責任ですよね。
by: エンジェルキャッチ * 2010/04/02 00:36 * URL [ 編集] | page top↑
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